近年のサッカーの変化といえばボール保持時のルートとポジショニング、そしてシュート位置などが挙げられるが、もう一つ加えるとしたらロングスローではないだろうか。ロングスローそのものは以前から存在する手段であったが、日本国内で大きな話題となったのは高校サッカー選手権の青森山田高校だろう。これを機に2種や大学サッカーではロングスローを目にする機会が増え、Jリーグでもいくつかのチームの武器となっている。このロングスローからの攻撃はデータ上ではどういった傾向を示すのか紹介しよう。
今回の記事においての「ロングスロー」は以下の定義とする。
・アタッキングサードからのスローインのうち、次のプレー位置もしくはアウト位置が下図赤枠エリアのもの
・一つ前の攻撃終了からスローインまでの時間が10秒以上
利用するデータは2018年開幕から2023/9/3までのJ1,J2,J3リーグ戦とする。
この記事におけるロングスローの定義
アタッキングサード(以下AT)におけるスローインは1試合1チーム当たり8〜9本で、そのうちロングスローは1本前後となる。大きな差はないがどちらもJ3が多くJ1が少ない傾向だ。リーグ全体から平均値を計算するとそのようになったが、ロングスローを選択するかどうかはチームによって異なる。この期間の全チームのシーズン単位のロングスロー選択率(ATにおけるスローインの中でロングスローを行った割合)をまとめると下図のようになった。
チーム・シーズン別のロングスロー選択率
多くのチームは5%未満にいるが、チーム・シーズンによっては高い割合を示すチームもある。J3で50%近いところにいるのは2020年の秋田だ。このように全体では1試合両チーム合わせて2本程度といっても、実際はロングスローを多く見かける試合と見ない試合が存在するということになる。
では、ロングスローと通常のスローインではどのような攻撃結果の違いが表れるのか見てみよう。前提状況としてロングスローの多くはコーナーキックのように長身の選手がペナルティエリア内に密集することとなる。加えてスローワーは助走をつけることが多く準備に時間を要する。1つ前の攻撃が終了してからATのスローインまでの時間はロングスローが26.27秒、通常のスローインが8.94秒(いずれも中央値。交代や主審とのコミュニケーションが発生した場合も含む)となっており、この2つのスローインでは準備までの時間が全く違う点がある。
それぞれのスローインから始まった攻撃の結果はどういった差異があるのか下表にまとめた。
攻撃サマリー
ATのスローインで始まり同一攻撃内で得点に至る割合は1〜2%ほどだが、ロングスローの方が若干高い。シュートへ至った割合についてはその差が大きく、通常のスローインが10〜11%に対しロングスローの場合は23〜24%となっている。この数値差は、ロングスローが直接的にゴール前までボールを運んでいる点が大きな理由だが、データ量の差も影響している。仮にシュートまで行けなかったとしても引き続きセットプレーのチャンスを得ることも重要だ。セットプレー獲得率(ATスローインからの攻撃の次の攻撃がATでのセットプレーだった割合)では、通常のスローインの方が高い割合を示した。その一方で、ロストやアウトプレーのロスト(ボールアウトやファウルで相手の攻撃となるケース)はロングスローの方が低い割合となっている。この数値だけを見ればロングスローという選択肢は悪くないと言えよう。
ATでのロングスローからシュートに至ったケースを見ると、スローから5秒未満でシュートを放ったケースが大半を占めている。この5秒間を条件にロスト周りのデータとロスト後が被ロングカウンターとなったケースについて集計した。
5秒サマリー
ロングスローの場合はペナルティエリア内に選手が密集しているためシュート率が上がる一方、攻撃権が不安定な状態にもなっており早々にロストしやすい。そしてボールを奪った相手チームは前方が空いている状況で攻撃を仕掛けられるためロングカウンターを創出できる。攻撃集計ではJ1,J2,J3で大きな数値の差異はなかったが、ロングカウンターが生まれる割合はJ1に上がるにつれ高くなり、そのロングカウンターからシュートへ至る割合もJ1が高い。これは独力でシュートへ持ち込めるプレークオリティの差と言えるかもしれない。仮にJ2,J3でロングスローが上手くいっていたとしても、昇格後のシーズンではリスクが大きくなる点は留意しておく必要がある。
ここからはロングスローを武器としているチームに焦点を当ててデータを見てみよう。記事の最初に紹介したATでのロングスロー選択率の上位20チーム(シーズン別)を抽出した。
チームデータ
1:2019シーズンのC大阪
ロングスロー直後の評価とも言える5秒未満のシュート率は2019年のC大阪が25.86%でトップとなった。当時のチームで最もロングスローを担当していたのは藤田直之で2番目が片山瑛一だったが、どちらが投げた場合でも高いシュート率を記録している。ロスト率が少々高めではあるがすぐに奪い返せる力も持っており、ロングスロー後のケアも行き届いていた。
2:今季(2023シーズン)の町田
同攻撃内5秒以上のシュート率は、5秒でシュートにはいけなかったもののセカンドボールやこぼれ球を拾って攻撃が継続でき、そこからシュートへ行けた割合と言い換えても良いだろう。この数値が高いのは今季の町田だ。5秒でのロスト率も低く、ロングスロー直後でシュートを打てなかったとしても相手に奪われない力がある。ロングスローそのものの数が多い中でもこういった高い数値を出している点も評価すべきだろう。
3:2020~2023シーズンの秋田
そして同一チームで4シーズン分のデータが掲載されている秋田に触れないわけにはいかない。秋田は2020年がJ3、2021年以降はJ2を舞台に戦っており、このカテゴリーの違いがそのまま5秒未満でのシュート率に表れている。継続的にロングスローを武器にしているため、相手にも研究されている点もあるだろう。それでも今季の町田の傾向のように5秒でのロスト率を下げて攻撃を継続した上にシュートで終わる数値が上がっている。また秋田はロングスロー以外のセットプレーも強く、この4シーズンは総得点のうちの4割以上がセットプレーから生まれている。今季のロングスローからセットプレーを獲得する割合はこの中でトップとなっており、シュートへ行けない状況下でも上積みができている。
これらのチームを対象にロングスロー到達プレー位置(ロングスロー後の最初のプレー位置)と攻撃結果についてまとめた。
エリア別データ
やはりゴールに近い中央域へボールを飛ばせばシュート率も得点率も上がる。ただロングスローでここまで飛ばすのはそう簡単ではない。多くの場合はニアに飛ばし、その次のプレーでゴールを狙う形となる。この場合ロスト率は高まってしまうが、こちらの方がセットプレーを得やすい傾向にある。秋田はここ4年のうち特に今季と昨季はニアへボールを飛ばす傾向が強い。この点も先に紹介したセットプレー獲得につながっている。
秋田のロングスロー軌跡
プレーデータの場合、「プレーの成功」はプレー後に味方が触っていることを定義としているが、スローインのように競り合いが発生するような状況だと、単に触っただけで成功か失敗かを唱えるのは早計だ。「成功したロングスロー」と「失敗したロングスロー」で集計すると下表のようになった。
成功失敗別データ
多くの場合、ロングスローの次に味方が触った方が得点率もシュート率も高くなる。ただし相手に先に触られたとしても5秒未満で10.73%、5秒以上で9.3%の割合でシュートへ至っている。5秒未満のロスト率については成功も失敗も大きな差はない。まずボールをコントロールできるようなロングスロー成功を目指すべきだが、先に触られてしまった場合の準備も怠らないよう心がけたい。
ロングスローはリスクを伴うだけに武器としているチームでも多くは同点時やビハインド時に使われる傾向にある。とはいえ、序盤に紹介したようにロングスローと通常のスローインの5秒未満のロスト率の差は3〜4%で、通常のスローインであってもあっさりと奪われロングカウンターを食らうケースは存在する。ロングスローの選択有無に関わらず、スローインは自分たちのボールで始められる貴重なリスタートの1つとして認識し、良い準備をすることが重要だ。
八反地勇
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