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クロスの傾向変化とトラッキングデータ活用
2024-11-06 14:25 RSS

ゴール前へ向けてサイドからボールを放るシーンはサッカーの全ての試合で見かけると言っても過言ではないだろう。サッカーは中央よりサイドの方が前進しやすいが、シュートはサイドより中央の方がゴール確率は上がるため、結果的にこういったプレーが生まれている。古くは「センタリング」、現在は「クロス」と呼ばれることが多いこのアクションからは多くのゴールが生まれており、Football LABに掲載されている得点・失点パターンのデータからも読み取れる(リンク先のデータはセットプレー近辺のクロスは「セットプレーから」に含まれるため、「クロスからの得失点」はグラフ以上に多い)。


今回はこのクロスについて、全体傾向をプレーデータから追ったのちにオフザボールの選手位置も含めたトラッキングデータも使って深掘りしていこう。


※以下のデータは2024/10/6試合終了時点となります



クロスデータの定義と傾向


クロスのデータはFootball LABでも本数、成功率、チャンスビルディングポイントといった形で掲載しており、簡単ではあるがこちらのページに定義を記載している。2023年J1の全てのクロスを下図に載せたが、アタッキングサードのペナルティエリア幅の外側もしくはペナルティエリア内のサイドから味方にシュートを打たせるために送ったボールがクロスとなる。直近でブロックされたとしてもキックフォームや視線などからクロスの意図があるとした場合はクロスとしてカウントされる。ゴールインした場合や直接狙うようなコースとなった場合はデータ上ではシュートとしている。

 


まず直近10シーズンのクロスのデータを振り返ってみよう。セットプレーで直接クロスを放った場合も含めて1試合1チーム当たりのクロスの数は19~21本ほどとなっている。2018年をピークに一度減少したが再び増加中だ。シュート率はクロスから3プレー以内にシュートに至った割合のデータだが、こちらはこの10年間で年々上昇中。得点率(シュート同様3プレー以内の基準でこちらはオウンゴールも含めている)は傾向としてはまばらだが、今季の現時点の数値はこの10年で最も高くなっている。

 

前述の定義をクロスとしているが、同じ「クロス」でもその状況は異なる。コーナーキックやアタッキングサードでのフリーキックからのクロスの場合、多くの選手がペナルティエリアに集まるため、直接のクロスもしくは少し動かした後のクロスだとしても通常のオープンプレー攻撃とは異なる状況にあると言える。後ほどトラッキングデータを利用した分析を行うが、セットプレー攻撃時のクロスタイミングだとペナルティエリア内の選手の数は点差や時間帯にもよるが攻守双方とも増加する。人数が多い状況のためクロスを待つ受け手側の移動速度にも差があり、オープンプレー時は11km/h程度なのに対しセットプレー攻撃時は6km/hにまで下がる(中央で待つ攻撃側の選手時速の中央値)。よってセットプレー攻撃時のクロスは静止に近い状態での駆け引きが主となっている。


クロスボールの角度も相違点の一つだ。かつて元イングランド代表のデイビッド・ベッカムが得意とした「アーリークロス」はサイドの浅い位置からボックスへ蹴るボールでペナルティエリア中央との角度は45~60度くらいになる。一方で近年多く見かけるペナルティエリア内のサイド(ニアゾーンやポケットと呼ばれるエリア)の深い位置からマイナスへ送るボールも上記定義ではクロスとなるが、状況としては全く異なると言っても良いだろう。実際、後者の事例は海外のデータ会社やテクニカルレポートではクロスと呼ばず「カットバック」として記載されるケースが増えている。この記事ではそういったクロスをマイナス方向のクロスとし、その逆をプラス方向として表現する。


上記のような状況とタイプ別でクロスのデータを振り返ってみよう。まず、ゴールに近いセットプレーを区別するためにチームスタイル指標上の「攻撃セットプレー※」に該当する攻撃内のクロスをここに含めた。8~9本ほど放っている中で3%ほどが得点に至っている。ボール保持で相手を崩すのが難しい試合では、こういったセットプレーを得ることとその得点率の上昇が重要となる。

※チームスタイル指標の「攻撃セットプレー」はアタッキングサードでのフリーキック、コーナーキック、スローインから始まる攻撃

 

 

セットプレー攻撃以外のクロスをペナルティエリア内外とマイナス方向かどうかで区別すると、多くのクロスがペナルティエリア外からのプラス方向となっている。2018年をピークに本数は減少気味だが得点率、シュート率は10年前と比べると近年は上昇。ペナルティエリア内のクロス本数は、そもそもペナルティエリアに進入しないといけないためハードルが高く、本数としてはエリア外よりもかなり少なくなる。一方でゴールに近いエリアだけあって得点率は高く、エリア内のマイナスのクロスはシュート率が3割を超える。エリア内クロスの本数はシーズンごとに増減を繰り返している状況だが、エリア外のクロスが減っているため、全体に対する本数の比率は上昇中だ。

 


クロスはサイドから中央へ放つゆえにボールが弧を描くような軌道になりやすい。サイドと蹴り足によってその軌道は変わるため、例えば左サイドでの右足と左足のクロスでは、前者がゴールに向かうようなボール、後者はその逆となり(体勢やキックの種類によってはもちろんストレートなボールとなる)、前者のようなケースをインスイング、後者がアウトスイングと呼ばれている。現時点ではボールの軌道のデータは取得していないため、サイドと同じ蹴り足の場合を「順足」、逆の足の場合を「逆足」としてペナルティエリア外のプラス方向のクロスを集計すると下図のようになった。

全体としては微減だった同シチュエーションにおけるクロス本数だが、順足のクロスが減っている一方で逆足は一度下がったのちに再び増加し、逆足クロスの比率は高まっている。得点率に関してはどちらが優位と明確に言えるほどの差はないが、逆足クロスの方が高いシーズンが多い。サイドからのボールがそのままゴールに入ったケースも逆足の方が多いため、外からのクロスについては考慮したい手段と言えるだろう。



トラッキングデータを利用したクロス分析


プレーデータによるクロスの分析は相手の選手位置が加味されないため、クロスの到達先に関する分析は到達位置のみが分析材料だった。もちろん到達位置がゴールに近い方がシュートを決めやすいケースが多いためエリアだけでも分析は可能だが、相手DFの位置に対してどう攻撃側の選手がいて、どの位置にいた選手がボールに触ったか(被クロスの場合は触られたか)の分析はできない。クロスに対してよく扱われるニア、ファーといった用語も、固定的なエリアというよりは相手DF位置との関連で判断して扱われている言葉だ。よってまずトラッキングデータから自チーム、相手チームともにクロスに関わる選手を判定し、そこからさらに攻撃側選手のニア、ファー、センターの判定を選手位置から自動で抽出する処理を行った。まだ実験段階中のため、この記事のみの定義として捉えて頂きたい。


 


ニア、ファーについて触れる前にクロスに関与する選手の数とその結果について見てみよう。クロス時の指示や解説で「ボックス内への人数」への言及があり、クロスへ対応する選手の数を増やす必要があるとの論調が繰り広げられる。実際にそういった傾向があるのか、攻守それぞれのクロス関与人数の差分とクロスの結果について集計した。

※データは2019年以降のJ1のセットプレー攻撃時は除いたクロスを対象。紹介するゴール期待値はトラッキングデータを用いて計算したもの

※クロスを放つ選手や相手のゴールキーパーはカウントに含めない



クロス関与の人数について攻撃側が守備側を上回るケースはカウンターなどでの特殊なケースのみでかなり少なく、守備側の人数が多い状況となる。そしてそれぞれの人数は攻撃側が2〜3人余り、守備側が4〜6人程度になることが多い。攻撃側の人数が多い方が得点率が高まる印象がある中、実際のデータでもそういう数値にはなったものの印象ほどの優位差はなく、得点率は0.2%、シュート率は0.6%ほどの範囲内だ。

 


守備側の人数を加味せず攻撃側の人数だけでデータを見ると攻撃の人数が多いほどシュート率が上がっているが、このシュート率はクロスから3プレー以内にシュートに至ったケースのため、人数が多い方がこぼれ球を拾ってシュートを放てる分、シュート率が上がるのは当然の結果といえる。シュート時のゴール期待値は人数が増えるほど落ちており、難しい状況でのシュートになっている。これは攻撃側の人数が多ければ守備側の人数も多くなるため、スペースがなくなる影響だろう。そのため、得点率に関してはシュート率ほど人数に応じて上昇していない。



「ファー」の味方有無に関するデータ


ここからはセットプレー攻撃時以外のペナルティエリア外からのクロスを対象にデータを見てみよう。クロス時にエリア内で待つ味方はクロス側サイドに近い順にニア、センター、ファーで大きく分類される。そのうちのファーは最も遠い選手であり、相手のGKやDFがクロス選手やボールに目を奪われていた場合、相手の死角を突ける選手だ。セットプレーを除くペナルティエリア外のクロス時に、ファーに味方がいる比率を2019年から並べると、今季と5年前では10%近くの差分があり、ファーへ選手が入る意識が高まっている。ファーに入る動きが増えたという点も近年のフィジカルデータの数値増につながっているのだろう。


 

※エリア外のクロス時にファーに味方がいるかどうかの比率(ファーの選手に渡った比率ではない)


 


クロス時にファーに味方がいるかいないかだけでもシュート率、得点率に差があり、特にここ3年の得点率の差分は大きい。ファーの選手にボールが渡った場合、ニア、センターの選手に比べスペースはあるが、ゴールへの角度が厳しいため、シュート時のゴール期待値はほぼ差異がない。「ファーに誰か味方がいる」のは大事だが、誰にクロスを届けるかは待つ選手の技術や状況によると言える。



「ニア」の味方有無に関するデータ


ニアの場合どういった傾向になるのか。ニアに選手がいる比率はファーとは逆に微減の傾向を辿っている。


※エリア外のクロス時にニアに味方がいるかどうかの比率(ニアの選手に渡った比率ではない)



ファーと同様に3年毎の集計値を用意したが、こちらはどちらも同じ傾向にある。ニアに味方がいる方が得点率、シュート率は上がるが、2022,23,24年のファーの得点率ほどの大きな差分はない。

 

ニアの選手で注目したいのはニアに入る選手のスピードだ。各種ランの基準値としている14km/hをベースとして、ニアの選手が14km/h以上で動いているかどうかで判定すると、シュート率は近い値だが14km/h以上の際に生まれたシュートの方が、高いゴール期待値となるシュートが多く得点率が上昇している。守備側の視界に入るニアの選手が大きな動きを見せることで守備が一瞬戸惑い、攻撃側により大きいチャンスを与えている。


※ちなみに基準としているゴール期待値0.2はシュート5本につき1本入るようなチャンスと言えるが、試合全体のシュート数が13本程度となる中で勝利チームは2〜3点を取って勝つ傾向にあるため、ゴール期待値0.2以上のチャンス創出を目指すことで勝利に近付けるという意味で筆者が設定したもの



「センター」の味方人数に関するデータ


ファー、ニアの間にいる選手の存在はどう影響するのか。クロスと言えばやはり中央にいるターゲットF Wに送るイメージを多くの人が持っているだろう。ゴールに最も近くフリーであれば大きなチャンスを得られる選手だ。中央の場合、複数人味方がいることもあるため、0人、1人、2人以上でグループ分けをした。


 

年度変化を見ると2020年から2023年は中央が0のケースが4本につき1本くらいのペースで存在したが、2019年と今季はその数値が低く、特に今季は複数人いることが多い。ニアの選手が中央寄りになったか、もしくはクロス時により人数をかける傾向になっている。


 

2019年からのデータで言うとやはり中央に人数をかける方がシュートへ到達しやすく得点率も高い傾向にあったが、2024年のみに条件を絞るとセンターに「誰もいない状況」が「2人以上」より高い得点率となった。今季は誰もいない比率は減っているが、近い本数比率だった2019年の同状況時の得点率は2.04%だったため、今季はこれまでより中央に誰もいなくても得点を奪える傾向が強まっている。引き続き2人以上の数値も高い点も踏まえてまとめるなら、中央の状況がどうであれニアやファーの動きをうまく噛み合わせればゴールチャンスは作れると言えるだろう。



チームデータから特徴を探る


チーム別のデータを見てみよう。以前のJ1からどう変化したかを捉えるために2019年と2024年のデータを選択した。下図のグラフはセットプレー攻撃時を除くペナルティエリア外からのクロスに対して、ニアに味方がいる比率(横軸)、ファーに味方がいる比率(縦軸)、得点率(色。濃い赤ほど得点率が高い)、クロス試合平均本数(丸の大きさ。大きいほどクロスが多い)を表している。


 


この2つの図からもクロス時のファーへの意識(縦軸)が上がった事は一目瞭然だ。2019年のグラフでファー比率が8割を超えたのは横浜FMでそれも2番目のチームと10%ほど差が開いている。クロスからのシュート率が低かったため得点率もさほど高くはないが、シュートに至った際のゴール期待値0.2以上の比率は1割〜2割台のチームが多い中唯一4割を超え圧倒的だ。2019の横浜FMは優勝しており、彼らが一歩先を歩んでいたことが分かるデータとなっている。


2024年のデータを見ると5年前から全体傾向が大きく変わり多くのチームがファーへの比率を8割台に乗せた。ニア、ファーそれぞれに選手が入っているグラフ右上部分には神戸、広島、町田といった優勝争いに加わっているチームの名もあり、上位に入るために重要な要素と言える。


 

ニア、ファーへの意識が低くとも福岡、鹿島のように高い得点率を記録するチームも存在する。この両者はそれぞれ別の特徴を持ち、福岡はクロス後の空中戦勝率が高く制空権で得点を生み出しており、また逆足の比率もリーグで一番高いデータを持つ。鹿島は空中戦勝率が低いためシンプルなクロス直後のゴールはそこまで多くないが、セカンドボールを拾うことで得点につなげている。鹿島の場合はクロスがそのままボールアウトとなった割合(表上のアウト率)が高く、表にはないがシュート率が低めとなっているため、少ないチャンスをものにした結果と言えるだろう。


逆にニア、ファーともに高い比率を持ちながら得点率が低い今季の横浜FMは何が起きているのか。まずクロスのアウト率がJ1の中でも最も高い。こういった事例はミスキック以外でもギリギリのところを狙って合わなかった等もあり得るため必ずしもクロスを放った選手に問題があるとは言えないが、あっさりと攻撃権を相手に渡したという結果には違いない。他、ニア、ファー以外のセンターでクロスを待つ選手が1人だった割合がJ1で唯一5割を超えており、クロス時の人数不足、もしくはニア、ファーとの連携の不足も要因と言えそうだ。



最後に今季の選手データを見てみよう。セットプレー攻撃を除くペナルティエリア外クロス時に14km/h以上でニアへ入った数とファーへ入った数(時速条件なし)が多かった5名を表に載せた。選手の意識や頻度をデータ化する場合、出場状況、起用ポジション、該当状況のクロスの有無など多くの変数が絡んでくるため、今回はシンプルに数が多かった選手を掲載している。双方を見て目に入るのは神戸の選手たちだ。クロスが多いチームで試合に出続けていることも影響しているが、結果が出ていることを踏まえれば、彼らのクロス時の働きぶりは評価に値するだろう。次いで広島の選手たちの数が多く、特に大橋祐紀はシーズン途中で移籍したにも関わらずまだこのランキングに残っている。



ニア、ファーの重要性自体は識者の間では語られてきたことなので新たな発見ではないが、数値化が可能となったことでチーム、選手の特徴、課題が抽出できるようになった。今回の記事は以上となるが、クロスの世界は奥が深くまだまだデータで分析できる内容があり、そしてデータで分析できない内容が多くある。多くの得点を生んできたクロスは今後サッカー界においてどういった軌道を描いていくのか、また機会があれば紹介したい。


八反地 勇

2024-11-06 14:25 RSS
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