HOME » ワールドカップ直近5大会で数値はどう変わったか
※このコラムはスポーツアナリティクスアドベントカレンダー2022の22日目の記事です
変則的な時期に開催されたFIFAワールドカップ(以下W杯)カタール大会はアルゼンチンの優勝で幕を閉じた。アジア勢の金星、モロッコの躍進、そしてとうとうW杯の頂きに立ったリオネル・メッシといった光景はまるで物語を読んでいるような気持ちにさせられ、子供の頃に初めてW杯を見た時のような純粋な感情を思い起こさせる日々だった。そのような大会の後にデータを中心に振り返るのは少々興醒めだが、Football LABはそういうウェブサイトなので許して頂きたい。
今大会、多くの新しいチャレンジがあったがその中の1つとして「アディショナルタイムの長さ」がある。近年、VARや飲水タイム、選手交代人数の増加などアウトプレーでの変化が激しく、試合時間が延びる傾向にあった。これについては昨年執筆した記事「サッカーの試合における時間の計算を再考する」においてJリーグのデータを紹介しているので参考にして頂きたい。W杯の場合、飲水タイムを設ける機会は少ないがVARは前大会から導入しており、今大会も試合時間は長い傾向になるだろうと予測していたが、これとは別に根本的なところで露骨な時間稼ぎなどにも対処する方針を定めた上で今大会のアディショナルタイム増加に至ったようだ。直近5大会の試合時間、アディショナルタイム、アクチュアルプレーイングタイム(以下APT。インプレーの時間を表す。)をまとめると下図のようになる。なお、延長戦を行った試合は前後半のみのデータを利用した。
試合時間とアクチュアルプレーイングタイム
ルールに関わらず重度の治療が発生した場合、試合時間が伸びるのは致し方ないため、サマリーは中央値で行った。その結果、ドイツ大会で94分50秒だった試合時間は今大会で100分11秒となり、約5分半増加。これに伴ってAPTも3分半延び、60分に近い数値となっている。APTは元々試合内容によって時間が分散されていたが、試合時間については前大会まで近い値に密集する傾向だった。今大会はこちらも試合によって分かれているのが特徴的だ。
この対策をこれからの国際大会や通常のリーグ戦でも行っていくのかは未定だが、アウトプレーの時間の長さは以前より問題視されており、今後検証されるだろう。試合内容によるので「APTの増加=スペクタクルな試合」というわけではないが、歓喜が起こる可能性を考えればインプレーの時間は長い方が良い。一方で現在のエンターテインメントはインターネットの高速化によりコンテンツが多種多様化し、1つのコンテンツに触れる時間が短くなる傾向がある。そういった中で、ハーフタイムを加えて1試合2時間に収まらない試合も出てきた今大会の傾向を継続した場合、新しいファンをどう獲得していくかが課題となるかもしれない。
次はプレーデータに目を向けて見よう。ここからは1試合を90分(延長時は120分)とした上で総数を90分換算した値で紹介する。APTが延びているためAPTを利用した発生頻度も計算しているが、前者のデータの方が把握しやすいためこちらを掲載し、両者で傾向に差異がある場合は文章にて補完しよう。
まずは守備の砦であり、攻撃の開始選手でもあるゴールキーパー(以下GK)だ。GKの役割の変化は多くの場で語られている通りで、W杯でもその数値は分かりやすく変わっている。
ゴールキックとキーパーのパス受け
ゴールキックは1チーム1試合当たり10本ほどあるが、多くのゴールキックが30m以上だったドイツ大会、南アフリカ大会に比べて長い距離の数は減少。特にセンターサークル近辺へのボールが減り、ゴールキックから中央で競り合うようなシーンは明らかに減っている。今大会で15m未満のゴールキックが増えたのは同じペナルティエリア(以下PA)内で受けることが可能となった2019年のルール改正の影響が大きい。後ろでのパスワークが増えることで、そこにGKが参加することも珍しくなくなった。上図のパス受けはキャッチしたケースを除いたパス受けの数だが、こちらの数もドイツ大会の3倍近くの数となっている。もちろん、チームや試合状況によっては後方でのボールロストを回避するためにロングパスを選択することも多いが、攻撃の組み立て方が大きく変わったのは言うまでもない。
クロス
チャンスメイクに欠かせないクロスも変化の1つだ。セットプレーを除いたクロスは前大会からPA内の数が増加。今大会は前大会よりもさらに増えているが、クロス1回当たりのボール保持時間では前大会の方が若干発生頻度は多い。ブラジル大会前後で大きく変わったと考えてもらえれば良いだろう。PA内のクロスは、ニアゾーンもしくはポケットと呼ばれるPA内のサイドから中央へ送るボールだ。そして、クロス後の結果を見ると成功率(味方に渡った割合)は今大会が最も高く、クロス失敗の中では相手GKが手で処理したケースやボールアウトとなった割合が減少。高いボールが中心だったクロスの性質が変わり、GKが処理しづらい低いボールやマイナス方向のクロスが増えたことが要因と思われる。
となるとフィニッシュのデータはどうなるのか。シュートのPA内外、ペナルティキック(PK戦ではなく試合中のもの)、フリーキックで直接シュートを放った数値を下表にまとめた。
シュート
セットプレーを除いたPA内とPA外のシュート比率はドイツ大会、南アフリカ大会では近い値だったが、ブラジル大会から大会の度にPA外のシュートは減少。PA内のシュート数は大きく変わっていないため、シュート数そのものが減少している状況だ。フリーキックで直接シュートを放った数が大きく減っているのも目に留まるが、これはファウルの数と位置の変化も影響している。ファウル数も大会毎に減っており、その中でもディフェンシブサードのファウルの減少は著しい。これに加え、近年のセットプレーは工夫を凝らすシーンが増えたことも影響しているだろう。
前大会から増えたペナルティキックはVAR導入の影響だ。PA外のファウルは退場時を除いてチェックが入らないが、PA内に入ればチェックが入る。前大会はVARに慣れていない選手が多かった影響か自陣PA内でのタックル数はブラジル大会とほぼ変わらない数だったが、今大会は同エリアでのタックル数が減少。このため攻撃側は「まずPAに入る」という選択傾向がより強くなった。
そしてペナルティキックといえば延長後のPK戦も今大会の話題の1つだ。試合中のペナルティキックとPK戦はやっていることはほぼ同じだが、シチュエーションとしてはやはり後者の方がプレッシャーは大きい。過去5大会の試合中のペナルティキックの成功率は75.3%だったのに対し、PK戦での成功率は67.7%と下落する。PK戦は120分の試合を行った後に行われるため疲労の影響も考慮しなければならないが、過去5大会でフル出場選手の成功率は71.0%、途中出場選手は63.5%だった。ただし途中出場選手が増えた今大会はこの傾向が逆転しており、フル出場選手が57.1%、途中出場選手が66.7%となっている。
PK戦の成功率とセーブ率
PK戦の成功率は南アフリカ大会から少しずつ下降。今大会はドイツ大会と近い数値になったが、ドイツ大会は枠外が多かったためGKのセーブ率は今大会が最も高くなっている。近年はビデオ分析を行うのが当たり前となり、以前に比べると多くの情報が手に入るだろう。それでもペナルティキックは通常のリーグ戦では発生頻度が少なく、キッカーも同じ選手が担当することが多いため情報量は不足する。よって実際にはその場での姿勢、目線、それまでの行動など、多くの要素を加味して判断する戦いだ。試合中のペナルティキックの機会は増加し、国際大会では勝ち上がりの最終決定のためにPK戦が採用されている以上、「運」では片付けずにあらゆる視点から複合的に分析して準備をする必要がある。もちろんペナルティキックを与えない、PK戦の前に決着を付けるという要素も忘れてはならない。
W杯は今でも多くのサッカーファンを魅了する大会であり、多くのサッカーファンが生まれる大会だ。今大会を経てサッカー界はどう進んでいくのか。感情を揺さぶられる大会だったからこそ、冷静な分析と研究が未来への設計につながる。
八反地勇
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