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サッカーの試合における時間の計算を再考する
2021-12-15 09:00 RSS

※このコラムはスポーツアナリティクスアドベントカレンダー2021の15日目の記事です
https://adventar.org/calendars/6147

通常のレギュレーションであればサッカーの試合は前後半45分の計90分行われる。よってフルタイム出場した場合、その選手の出場時間は90分と記録され、交代選手や退場選手は90未満の数値となる。Football LABの各種ページや記事では通算データから平均値を算出する場合、チームのデータはそれぞれの試合時間が共通して90のため単純に試合数で割った試合平均値が活用され、選手の場合は通算出場時間が異なるため、90分換算した値を利用してきた。
自分にとっても昔から慣れ親しんだ計算式だが、チーム、選手を評価する上で妥当と言えるのか、検証していこう。

球技に「時間」が存在する場合、プレーの進行時のみ時計の針が進む競技と、完全な中断でない限りアウトプレー時でも時が刻まれる競技に分かれるが、サッカーは後者だ。そして試合が主審によりストップとなった場合、その時間がアディショナルタイムとしてハーフ45分終了後に加えられるため、実際の試合時間は90分を超えて各試合でバラバラとなる。

今季Jリーグの実際の試合時間の分布を下図にまとめたが、96分~98分の試合が多い結果となった。

Jリーグの実際の試合時間の分布

最初に書いたように選手の出場時間はフルタイムで90分として公式記録上定義されている。スタートから出場した選手が記録上後半44分に交代した場合、OUT選手の出場時間は89分となり、途中出場選手が最後までプレーした場合、出場時間は1分となる。これがアディショナルタイム中の後半47分の交代だった場合も、同じ出場時間になるのが現在のルールだ。よって前後半のアディショナルタイムを加味しているかどうかで実際の時間と出場時間はズレが生まれる。

実際の時間を掲載している事例は多くないが、例えばUEFAが公開している試合の記録では各選手の出場時間が90分を超えており、実際の時間を掲載していることが分かる。

https://www.uefa.com/newsfiles/ucl/2022/2032729_sps.pdf

UEFAが公開している選手スタッツ

データスタジアムでも昔から公式記録上の出場時間とともに実際の出場時間のデータを取得しており、以前まではFootball LABでも掲載していたが現在は公式記録上の出場時間に差し替えている。この理由を説明するために下図を見て頂きたい。

実際の試合時間の変化

飲水タイムの導入、交代枠の増加、さらにJ1の場合はVAR導入により、プレー外において時間が延びる要素が近年で多く追加された。この影響によりアディショナルタイムが増え、試合全体の時間にも波及するようになった。

一方で試合のうちインプレーの時間を表すアクチュアルプレーイングタイム(以下APT)は下図のように変化している。

アクチュアルプレーイングタイムの変化

APTはそれぞれのチームの特徴に影響する部分もあり、お互いにボールを大事にするチームであれば長くなり、ファウルの多い試合やセーフティに外へ蹴るクリアが増えると短くなりやすい。昨今はサッカー界全体においてボール保持意識が強くなっているため長くなる傾向にあり、特に昨季は特殊なレギュレーションだったこともあってより特徴的な数値となっていたが今季は例年並みに落ち着いた。実際の試合時間からAPTを引いてアウトプレー時間を計算すると、今季J1、J3では過去10年の中でも最長の時間を記録している。

アウトプレー時間の変化

例えば、今季J1の「1得点当たりの時間」を計算して見よう。1試合90分を最大とした公式試合時間、アディショナルタイムも含まれた実際の試合時間、APTの3種類それぞれの値は下表のようになった。

2021J1の1点当たりの時間

今季最多得点を記録した横浜FMは1試合を90分とした考え方であれば41分42秒につき1点を得る計算となる。全チームが同じ試合数のため、この計算方法の場合でも数値の順位に変わりはない。一方、実際の試合時間で計算すると横浜FMは1得点当たり45分41秒となり、2位の川崎Fとわずか4秒差となった。これは横浜FMに比べ、川崎Fは実際の試合時間が短めだったことが影響している。最後にAPTをベースに計算すると、横浜FMはインプレー25分48秒につき1得点を挙げる数値となった。2位の川崎Fは横浜FMに比べてAPTが長いため、他の2例よりも差が開いた。APTからの計算の場合、数値差だけでなく順位が入れ替わるケースもいくつかある。

試合時間とAPTの大きな違いは、試合時間はルール上決められた時間であり選手にはどうしようもないものだが、APTに関してはある程度自分たちでもコントロールできる点にある。最も分かりやすい比較として後半30分以降のセットプレー時のリスタートまでの時間を、リードチームとビハインドチームで比較した。

リスタートまでの時間の比較

このデータにはリスタートまでの交代なども含まれているためアディショナルタイムに加算されるものもあるが、やはりリードチームの方はリスタートまでに多くの時間をかけている。アウトプレー中のためやり過ぎると警告を受けてしまうが、勝利のために試合時間を削るのも一種の戦略と言えるため、チームの傾向を探る際にアウトプレー時間を除くことが最適な計算方法であるとは言い難い。

ここまではチームを対象にデータを紹介したが、選手の場合はそれぞれの出場時間が異なるためさらに複雑化する。プレー単位でデータを比較するのであれば、味方のボール保持時間も計算方法に加えるべきだろう。例えば「シュート」というプレーは味方のボール保持中にしかできないアクションだ。インターセプトやブロックのような守備アクションは相手のボール保持が起因となるが、多くの場合のプレーは味方のボール保持がベースにある。保持時間が長ければボールに触る機会も増えやすく、短ければ減りやすい。シュート数=3であっても保持時間が35分の場合と20分の場合では捉え方が異なってくる。

今季J1得点ランキングトップ10の選手(10位が同数のため計12選手)の得点ペースを、それぞれの時間の考え方から算出した。

2021J1 得点ランクトップ10の1点当たりの時間

全体的に通常の得点ランキングからは大きく異なる傾向となった。出場時間から計算すると105分当たりで1得点のアンデルソンロペスが他の選手を引き離して1位となっており、2位が126分の古橋となった。彼らはシーズン途中で移籍した選手のため時間が短く、こういった「時間当たり〜」の数値は伸びやすくなる。味方が保持している時間で計算したデータでもアンデルソンロペスがハイペースとなったが、得点ランキングトップのレアンドロダミアンとの差は7秒にまで縮まった。そのレアンドロダミアンのみ実際の出場時間が公式の出場時間より短くなっているが、これは途中交代が多い選手に起きやすい現象だ。交代の時間は切り上げで計算するルールとなっているため、それがシーズンを通して溜まっていくと、このように数値が逆転してしまう。

保持時間ベースのデータは過去に裏抜けについて紹介した際にも利用している。こういったオフザボールのアクションの比較をする際には欠かせない計算方法になるかもしれない。
トラッキングから生まれる新データ 1. 裏抜け
https://www.football-lab.jp/column/entry/793/

選手毎の保持時間をベースにすると別の見方が生まれるデータは数多くある。例えばFootball LABでは各チームのランキングページにパス交換(パスの出し手、受け手の組み合わせ)ランキングを掲載しているが、パス交換はお互いに出場し且つボール保持をしていることでようやく成立条件を満たすデータだ。よってシーズン合計のパス交換ランキングは「1選手が誰に良くパスを送っているか」という疑問に対してある程度答えてはいるものの、限定されていると言った方がいいだろう。

例としてレアンドロダミアン(以下Lダミアン)が受け手のパスを比較してみよう。

レアンドロダミアンへのパス成功

Lダミアンへのパスが最も多かったのは山根で91本。Lダミアンとともにフィールドに立ち、チームのボール保持時間が最も長かったのも山根のため、パス数が一番伸びやすい条件下と言える。このランキングを保持時間ベースで計算し直したのが右列のデータだ。トップとなった登里は7分19秒につき1本のパスをLダミアンへ送っており、このデータ上では最も高い頻度となった。2位となったのは8分7秒の三笘だ。三笘の場合は途中で移籍したため、総数でのランキングでは上位に入りづらく、こういった傾向が隠れてしまう。全体的にはサイドバックやポジションが近い選手が高頻度となり、後ろの選手は低頻度となった。

扱いやすく分かりやすい試合平均値や90分換算は今後も利用していくだろうが、分析・研究内容によってはAPTや保持時間の利用も考慮すべきだろう。特に選手をデータで評価する場合は、これらの計算方法の違いが選手のキャリアに影響する可能性も否定できない。

時間の使い方だけを見ても、サッカーが実に不安定な競技でデータ化しにくいものだと改めて感じたが、そこが最大の魅力と言える。時間はすべての人間に対して同じ速度で刻まれる貴重な共通点であり、サッカーのデータ分析において重要な要素としてこれからも活用されていくだろう。

八反地勇

2021-12-15 09:00 RSS
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