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ゲームモデル分析とデータ分析の融合~川崎フロンターレと横浜F・マリノスの「異なるパスサッカー」を読む
※本記事はFootball LABと月刊誌「footballista(フットボリスタ)」のオンラインサロン「フットボリスタ・ラボ」との連動記事です。同記事は7月12日発売のfootballista誌面にも掲載されております。
月刊フットボリスタ第71号
文:山口遼(東大ア式蹴球部ヘッドコーチ)
Twitter : @ryo14afd
今月号のテーマは「データ分析の未来」ということで、以前行った「ゲームモデル分析」にデータ分析の要素を加え、ゲームモデルが実際のデータでどのように検証されるのかを見ていきたい。分析対象となるチームは、Jリーグにおいてともに攻撃的なサッカーで結果を残している川崎フロンターレ(以下、川崎)と横浜F・マリノス(以下、マリノス)の2つである。
一見似たようなスタイルとして認識されやすい両チームであるが、実はそのゲームモデルやメカニズムは異なる部分も多い。以前行った「ゲームモデル分析」では、誌面の都合もあり「攻撃」は単に「攻撃」という大雑把なくくりでゲームモデルを予想したが、実際にゲームモデルを現場レベルで機能させる際にはより細かい区分(攻撃→ビルドアップ、崩し……など、守備→プレッシング、ブロック守備……など)に局面を分割して主原則、準原則を設定するのが一般的である。そこで、今回は以前のものよりも狭く深い比較を行うため、攻撃における「ビルドアップ」と「崩し」に局面を絞って分析・比較を行い、最後に少しだけサッカーの分析におけるデータの解釈の難しさについて考えてみたい。
「ビルドアップ」の比較
■川崎フロンターレ
まずはビルドアップにおける原則の比較から始めよう。川崎のビルドアップにおける主原則は、「ボールをコントロールしながらも手数をかけ過ぎず、素早くボールを相手陣地に送り込む」に近いと予想できる。この主原則を実現するための準原則をあえて言語化すればこのようになる。
①ブロックの外では素早くボールを動かす
②ボランチから素早く前線に縦パスを通す
③ビルドアップの出口がない場合はロングボールでシンプルに前進する
ビルドアップの際には[4-4-2](あるいは[4-2-3-1])の陣形をあまり崩さず、配置によってビルドアップの出口を作るような再現性のある構造はあまり見られないのだが、根本的に個々の技術が高いので、ブロックの外で素早くボールを動かすだけでボールを前進させられる場面が多い(準原則①)。また、中でもボランチの大島、守田、田中は技術が高く、パスコースを見つけるのも早いため、相手の守備陣の隙間にポジションを取ったボランチの選手にシンプルにボールを引き渡し、素早く縦パスを送りボールを前進させるのも主なパターンだ(準原則②)。そのため、相手が高めの位置でプレスをかけようとしても、本格的にプレスの誘導に乗せられるよりも前にボールの前進が達成できることが多いので、「ハイプレスの回避率」はリーグでも指折りである(被ハイプレス試行率=自陣プレー時に相手がハイプレスをかけてきた割合はJ1第2位で、回避率はトップ)【DATA1参照】。しかし、再現性のある構造が存在するわけではないので、組織的なプレスでサイドに攻撃を誘導された際には、ロングボールで前進することがしばしば見られる(準原則③)。
【DATA1】
■横浜F・マリノス
対してマリノスのビルドアップは、川崎よりも組織的な構造の中で再現性を持って行われる傾向が強い。ビルドアップにおける主原則は、「フリーマンを創出し、再現性を持って前進する」で、準原則は次のようなものだろう。
①前線では幅と深みをキープする
②SBが中央に侵入し、中央に数的優位を生む
③ポジションチェンジを行うことでスペースを作り、フリーマンを創出する
まず、3トップは幅と深みをキープし、相手のDFラインをピン留めする役割がメインで、積極的に前進に関わることは少ない(準原則①)。次に、SBは中央のスペースに侵入して、中央に数的優位を作り出し、フリーマンを創出可能な状態を作り出す、いわゆる「偽SB」を行う(準原則②)【DATA2参照】。そして、後述する崩しについても同様のことが言えるが、マリノスのビルドアップの大きな特徴はポジションチェンジの多用である。特にSBとボランチが代わる代わる中盤の低いレイヤーを出入りすることで、相手を引きつけてできたスペースにフリーマンを創出し、そこを起点に前進しようとする(準原則③)。マンチェスター・シティなどは、過度にバランスが崩れることを嫌って自陣でのポジションチェンジを行わない、行うとしてもやや規則的なパターンに限られる(おそらく川崎が自陣で大きくポジションを動かさないのも同様の理由からだろう)が、マリノスはそのリスクを背負っても相手を動かし、自分たちでボールをコントロールして前進することに強いこだわりを持っていることがわかる。
【DATA2】
「崩し」の比較
■川崎フロンターレ
ここからは崩し(ここでは敵陣でのボールポゼッションからゴールを目指す行為と定義する)についての原則を見ていこう。川崎の崩しといえば彼らの代名詞でもあるその流麗なパスワークであり、個々人の技術の高さと風間監督時代から築き上げてきた不変のスタイルは、彼らの大きな武器となっている。主原則は、「相手を押し込み、近い距離感でのコンビネーションで崩す」というようなものになるだろう。準原則については、以下のようなものを予想する。
①ボールホルダーに選択肢を与え続けるための近い距離感でのサポート
②局面局面で相手選手の死角を取り続ける
③DFの間の狭いスペースを見つけてアタックする
まず、川崎の崩しにおいては、ボールホルダーに選択肢が複数与えられることが重視されている。幅は逆サイドのSBが担い、多くの場合同サイドに5、6人の選手が集結し、そのためにポジションバランスが崩れることも厭わない(準原則①)。チーム全体としてのポジションバランスよりも、周辺の相手選手の死角に侵入することを個々が狙い続け、そこにボールを送り込むための手段として細かくボールを動かし続ける(準原則②)。崩しの最終局面では、相手の守備組織の中にある狭いスペースを見つけ、相手の守備組織を完全に崩してゴールにできるだけ近い位置でシュートを打とうとする傾向にある(準原則③)。ボランチと右サイドMFの家長は特に積極的にボール周辺の局面に参加し、自分の本来のポジションから大きく離れることが頻繁に見られる。そのため、ボランチの2人がトランジション時のリスクケアのポジションから離れて攻撃に参加するシーンも見られ、人数をかけたパスワークで華麗に守備を崩し切る場面も多い一方で、ネガティブトランジションでの囲い込みを少しでも突破されると、相手に前進やカウンターを許すこともしばしば見られる。
■横浜F・マリノス
マリノスの崩しは川崎とは対照的であり、ピッチを広く使って相手を広げる、よりポジショナルプレー的なスタイルを志向する。主原則としては「相手を広げてからポケットスペースに鋭く侵入する」というようなもので、準原則は次の3つ。
①幅は目いっぱい取り、選手を均等な距離感に配置する
②ポジションチェンジをして相手の目線を動かしながらも、バランスは維持する
③ドリブルやフリーランニングで積極的にポケットスペースに侵入する
まず、幅を目いっぱい取ることで、相手の守備組織を広げて自分たちのスペースを確保し、均等な距離感に選手を配置することで選択肢を複数確保しながらも広げたスペースを有効に使おうとする(準原則①)。昨シーズンから今シーズン序盤にかけては、主に[4-1-2-3]のシステムが用いられ、大半の場合両ウイングが幅を取っていたが、守備やビルドアップの安定を図るためにシステムを[4-2-3-1]に変更した最近は、右ウイングの仲川はハーフスペースに侵入する頻度が上昇しており、その場合は右SBの選手が幅を取ることになるが、偽SBでフリーロールを担うマリノスのSBの性質上、右サイドの幅取りの度合いはこれまでに比べて薄れている。さらにポジションチェンジを積極的に行い、相手の目線を動かしながらスペースにアタックする傾向にある(準原則②)。同時に、ポジションを入れ替えながらもチームとしてのポジションバランスは崩さないように入れ替えが制限されており、トランジション時のコントロールを失わないようにしている。特に、右SBに新加入した和田はフリーロールとして右のハーフスペース、幅取り、さらにはアンカースペースと縦横無尽に動き回り、相手を混乱させながらもチームとしてのバランスを維持していて、非常に知性のある選手であることを証明している。
トランジション時のバランスに配慮がなされている配置ながら、カウンターによる失点がなかなか減らないのは、今回は取り上げることができないが、CBと中盤との距離感やコースの制限の仕方など、トランジションそのものに関する原則の整理がうまくなされていないためであり、トランジションに備えて準備をするという意味での配置はかなり論理的なものになっていると言える。
最終的な崩しの手段としては、相手を広げてできたCBとSBの間のスペースに様々な選手が走り込んだり、両ウイングのドリブル突破などでポケットスペースに執ように侵入した上でのグラウンダーのクロスによる得点を狙っている(準原則③)。攻撃の最終目的地としてポケットスペースを目指すという意図はチームにかなり浸透していて、仲川や遠藤の切れ味鋭いドリブルであっても、複数人が絡んだスピーディーなパスワークであっても、はたまたティーラトンなどから繰り出されるダイアゴナルなスルーパスであっても、攻撃のバリエーションは変われどその最終目的地はほとんどの場合不変であり、その侵入パターンの多さがロークロスの脅威をさらに増幅させている。
自陣でのポゼッション指数に大きな違い
以上の前提の上で、両チームの攻撃の特徴の違いをデータからも読み取ることができる。まず、ボールの支配率の平均は、マリノスがJ1でトップの61%なのに対して川崎は55%であり、こちらもボールを保持する傾向があるのは間違いないが、そこまで圧倒的な数字ではない。続いてFootballLABに掲載されているチームスタイル指標より敵陣でのポゼッション指数を見ると、川崎はJ1でトップでマリノスも4位と大きな差はなく、敵陣においてはどちらもボールを支配しながら攻撃する傾向が見られる。一方、自陣でのポゼッション指数を見てみると大きな違いがあり、マリノスがJ1で2位なのに対して川崎が8位と中位に位置しており、先ほどの支配率の数字から鑑みても、川崎の意識はボールの支配自体よりも「相手を押し込んで崩す」ということに集中しており、自陣でのビルドアップの再現性をあまり重視していないことがうかがえる。また、敵陣でのポゼッション時における両チームの布陣の重心から最も離れた選手のデータを見ると、川崎は両SBが非常に高い値を記録してトップであり、右サイドMF(家長が入ることが多い)はトップ5に入ってきていないことから、SBが幅を取り、右サイドMFの家長はボール周辺の局面に参加する傾向が確認できる。一方で、マリノスは左サイドMFが1位で右サイドMF、右SBはランクインしているもののやや低い順位であることから、基本的にはウイングが幅を取るが、ウイングがインサイドに侵入した場合はSBなどが幅を取ること、右サイドは左サイドに比べて幅取りの意識が弱いことなども読み取れる【DATA3参照】。
【DATA3】
また、崩しにおけるデータに目を向ければ、マリノスは左サイド攻撃の指数がJ1で断トツの首位、右サイドの攻撃もリーグ3位と、サイドを起点に攻撃をする意識の高さ、特に多くの場合左ウイングが幅を取っている左サイドからの攻撃が非常に特徴的であることを示している。また、ドリブルのチャンスビルディングポイントがチームとしても1位、個人としても仲川が1位になっていること、また、チームのドリブルからのゴールがリーグ2位であることからも、ドリブルを崩しにおける中心的な手段として用いていることがよくわかる。川崎に関しても、左サイドと中央での攻撃の両方でコンビネーションプレーの使用率がリーグ1位であり、近い距離でのコンビネーションを用いて崩しを行なっている傾向がよく表れている。反面、右サイド攻撃におけるコンビネーションプレーの使用率は特段高いとは言えない(リーグ8位)が、ラストパスの出し手のトップが家長であることを考えても、家長のボールキープからラストパスというプレーが多く用いられていることがわかる。
サッカーにおけるデータ分析の難しさ
サッカーにおける分析は、大きく質的分析と量的分析に分けられ、「ゲームモデル分析」や「戦術分析」などは質的分析に、今回フォーカスした「データ分析」は量的分析に分類される。ここまで見てきたように、サッカーで起きている現象は間違いなくそのチームやプレーヤーの特徴がデータにある程度は反映され、逆に言えばデータは現象を定量的に説明するツールとして大きなポテンシャルを持つことは間違いないだろう。しかし、実際にいろいろなデータに目を通してみると、直感に反するデータや、現実がうまく反映されていないデータもいくらでも存在するのが実際のところで、その中から有効なデータを抽出し、説明材料とする、あるいはパフォーマンスの改善に役立てるのは難易度の高い作業である。一見直感に合っていると思ったそのデータは、周辺のデータと合わせて見ればほとんど意味のないデータを好意的に解釈しただけのものかもしれない。逆に、一見直感に合っていないそのデータは、もしかすると実際に起きていることを非常によく表しているデータであり、それを糸口にさらに深い分析を可能にするものかもしれないのである。データそのものに関しても、どのような指標や定義が現象の分析に有効なのか、ということがさらに研究される必要もあるだろうが、いずれにしてもデータだけを取り上げて「このデータはこうである」と言ってもあまり意味はない。データを少しでも有効に活用するためには、先に述べた質的分析の能力が絶対に必要になる。サッカーそのものを深く理解し、現象だけでなくその奥に潜む理由や原理は何なのかを捉えた上でデータを解釈することで、データ分析の可能性は飛躍的に向上していくのは間違いない。
文:山口遼(東大ア式蹴球部ヘッドコーチ)
※文章中のデータは5月末時点となります
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