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「ハイプレス」の数値化が示したJ1チームの特徴とは
今季よりFootball LABにて新たに公開したチームスタイル指標の1つに「ハイプレス」というデータがある。これまでサッカーにおけるデータは、基本的にボールを持っている選手をベースに取得していたが、トラッキングデータの取得によってフィールド上にいる選手の動きを全て捉えられるようになった。これをプレーデータと組み合わせることで、これまでは難しかった戦術的な要素を数値化し、チームや試合状況ごとの特徴や課題を客観的に見ることができる。22人全員が自由に動けるサッカーには90分の間に多くの戦術が存在するが、本記事ではその中から「ハイプレス」について紹介しよう。
現在当サイトで紹介しているチームスタイル指標の「ハイプレス」はデータを作成する上で多くの条件が組まれているが、主たる内容としては『攻撃側が自陣でボールを保持している際に、ボール保持者に最も近い守備側の選手との距離や守備側の選手の近付くスピードのデータ』から、ハイプレスが行われたことを検知している。これを相手の攻撃内で複数回行われているものを1セットとしてカウント。ハイプレス状況時のプレーから5秒以内に攻撃が終了し、守備側だったチームの攻撃に切り替わったケースをハイプレスにおける「守備成功」とした。これとは逆に同攻撃内にシュートまで持ち込まれたケースもカウントしており、今季J1リーグ32節時点のデータは下表の通りとなっている。
ハイプレスデータのサマリー
ハイプレスとは守備側のデータであり、ボールを保持する時間が長いチームは回数が減りやすい。よって、相手のプレー状況を加味した上でハイプレスの試行頻度を表した試行率も抽出。守備成功率が最も高いのは浦和、そして2位は仙台となったが、両者の試行頻度は平均的であり、状況によって判断しつつ、ハイプレスを仕掛けた際には奪えている傾向といえる。守備成功率3位のG大阪は試行率もトップ。前から奪いに行くケースが多く、かつ奪えている傾向が出ている。
下図のグラフには試行率と守備成功率を散布図にして、試合全体で計算したものと前半開始から15分間のデータをまとめた。やはり試合の立ち上がりは、全体的にハイプレス試行率が上昇。試合全体で守備成功率がトップだった浦和はさらにその数値を伸ばしており、この時間帯のデータが試合全体にも影響している。全体的に試行率が上がる中で札幌、仙台、鹿島あたりは2つのデータに大きな差がなく、これもまた1つの特徴といえるだろう。
ハイプレス試行率と守備成功率
前線からボールを奪いに行くようなアグレッシブな姿勢は観戦者にとっても気持ちが高ぶるものだが、すべての守備時間において選手がこれを継続するのは不可能に近い。特に日本の場合、夏場の暑さは厳しいもので全体の走行量にも影響を及ぼしている。ハイプレスの側面だけを見ても、夏場の試行回数は全体的に低下し、試行率も微減(夏場は攻撃回数そのものが減少傾向にある)。試行率と守備成功率がともに高かったG大阪も夏場のハイプレス試行率は減少しており、かつ守備成功率も低くなっている。このように気候によっても変化するデータといえよう。
ハイプレス節別データ
上述の通り、ハイプレスの状況定義はボール保持者に最も近い守備選手から判別しているが、ハイプレスそのものの良し悪しは該当選手だけとは限らない。この状況下における守備チームのポジショニングや動きの数値からハイプレスの守備成功と関係のあるものを調査した結果、以下の4つのデータを割り出した。
① 保持者に最も近い選手のスピード
② 最終ラインの高さ
③ 保持者から30m以内にいる守備側の選手(保持者に最も近い選手は除く)とその選手から最も近い攻撃側の選手との距離
④ ③と同範囲の守備側の選手のうち、保持者へ向かって移動している人数の割合
それぞれのJ1各チームのデータは下表の通り。チームによって特徴は異なるが、ハイプレス守備成功率の高いチームは①~④のいずれかの項目において高い数値を記録している。また、7月に行われたプレシーズンマッチの中からドルトムント、セビージャの試合のデータも算出した。セビージャの守備成功率はC大阪戦が40%、鹿島戦が25%と大きな差が開いており、平均としては低めになったが、関連する4つのデータはドルトムントもセビージャも高い数値を記録している。もちろん彼らのデータは1~2試合のものなので、Jリーグのチームでも1試合単位で見ていけば彼らに勝るデータを残しているものもあるが、欧州トップチームとの差の1つとして参考になる数値といえるだろう。
ハイプレス関連データ
これらのチームから、まずハイプレス守備成功率が最も低い磐田をクローズアップしてみた。磐田は今季J1の中で最も失点が少ないチームであり、守備面において大きな課題を抱えているチームではない。守備成功率は最も低いが、ハイプレスの試行率そのものが低く、ここを突かれる回数は少なかった。どのような要因からこのデータが生まれたのか、さらに細かく見てみよう。
磐田ハイプレス時の相手のプレー分布
磐田側がハイプレスを仕掛けてからの相手の攻撃のプレー分布を、守備成功時と同攻撃内で被シュートまで至ったケースの2種類を作成した。分布の点の色は、磐田側のプレッシャーの強さを表現しており、相手の攻撃時において最も近くにいる磐田側の選手がどれくらいの距離にいて、どれくらいのスピードで動いていたかを示している。赤系はプレッシャーが強い状況、青系が緩い状況を表している。被シュートまで至った分布を見ると、磐田陣内の右サイドも気になるが、最もプレーが密集しているのは相手陣内の左サイドの部分だ。他チームの同データと比較しても、このエリアを使われている割合は多く、またプレッシャーが緩い状況となっている。
磐田ハイプレス時の関連データ
なぜこのような傾向が表れたのか、関連するデータを2つ紹介したい。守備成功率と関連があったデータのうちの④である30m内の保持者への接近割合において磐田は低い数値となった。先ほど紹介したエリアで相手がプレーしている際も例外ではなく、保持者への接近よりも後退を優先しているため、相手にとっては使いやすいエリアと化した。もう1点、上述の③④の条件下にある選手のデータを見ると、「川辺、ムサエフ、中村俊」の3人と「川又、アダイウトン」の2人で数値が大きく異なっており、前者に比べると後者の動きは少ない。川又のポジションはセンターフォワード、アダイウトンは主に左サイドで起用されていることから考えれば、上述のエリアがこのサイドに偏ったのは自然な流れといえるだろう。
ハイプレス時における数値の比較としては、物足りなさを感じさせる川又とアダイウトンだが、磐田はボールを奪ってから15秒未満でシュートに至った比率が比較的高いチームであり、その攻撃においてシュート5プレー以内に最も絡んだのはアダイウトン、次いで川又となっている。味方が後方でボールを奪った後のカウンター攻撃の準備による影響も考慮しなければならない。
ハイプレスを仕掛けた直後のボール奪取の数値は低くなってしまった磐田だが、既述の通りハイプレス試行率は低く、被シュートに至られた割合は平均的な数値だ。ゴールを奪われないという守備全体の結果に対しては、他のチームと比較しても成功を収めている。守備戦術には多くの手段があり、意図に対して成功を収めたかどうかが重要だ。もし、磐田が来季ボールを奪い切ることを目的としたハイプレスを多く取り入れるのであれば、この課題を解決する方法を見出さなければならない。
鳥栖ハイプレス時の関連データ
最後に紹介するのは鳥栖のデータだ。鳥栖はハイプレス守備成功率が磐田に次いで低く、ハイプレス後の被シュート率はリーグワースト。磐田よりも試行率が高めであることを考えると、改善の必要がある問題といえよう。鳥栖のハイプレスは前線に人数を掛ける傾向にあり、保持者から20m以内の円に平均4.44人もの鳥栖の選手が入る。これはC大阪と並んで最多の数値だ。この守備網をかいくぐるために鳥栖の相手である攻撃側のチームは中長距離の横パスを駆使した。ハイプレスから被シュートとなった一連の流れから、鳥栖において際立った数値となったのが、ミドルサード内の20m以上の横パスだ。同パスの本数と、ミドルサードでのプレー数に対する割合はトップ。単純に横パスをつなげられただけであれば大きな問題ではないが、その直後のプレーで鳥栖のディフェンシブサードにまで進入されており、被シュートに持ち込まれやすい状況を作られている。ハイプレス時に前方に人数を掛けている場合、横にボールを振られた時の切り替えの早さが必要となるが、上記の横パスを受けた直後の保持者と、最も近い鳥栖の選手の平均距離は11.4mで、保持者と守備者のスピードを比較した際に保持者側が上回っている割合が20.9%。双方ともに他のチームと比較すると悪い数値となっており、来季修正が必要なポイントとなるだろう。
詳細を取り上げたのは2チームだけだが、全ての選手のポジショニングがデータ化されたことで、より細かい課題を見いだすことができるようになった。守備戦術の数値化により、未来のフットボールはさらに大きく変化していくだろう。
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